すべての方に伝わる車内放送を目指して~我孫子運輸区「やさしい日本語放送」の取り組み~

常磐線快速電車で、最近、このような放送が流れています。

「常磐線快速電車では、車内放送で「やさしい日本語」を活用した放送を試験的に取り入れてまいります」

「やさしい日本語」とは、難しい言葉を言い換えるなど、相手に配慮したわかりやすい日本語のことを指すそうです。

この「やさしい日本語」放送、いったいどのような経緯で生まれたのでしょうか。
今回は、構想開始から3年という歳月をかけて実現した、我孫子運輸区の多言語プロジェクトの皆さまの取り組みにインタビューで迫ります。

―今回の「やさしい日本語」放送を行いたいと思ったきっかけは何だったのでしょうか。

きっかけとなったのは東京2020大会です。
海外からいらっしゃる多くのお客さまに対しては、英語、中国語、韓国語の放送だけでは伝わりきらないのではないかと思っていました。
その際に見つけたのが、NHKの「やさしい日本語のニュース」です。
これを上手く車内放送に取り入れられないかと考え始めました。
実際に活動を始めたのは2年ほど前ですが、構想を練り始めたのは3年くらい前でした。

―「やさしい日本語」といっても、どのような言葉、言い回しをするのか悩まれたかと思います。

東京都のサイトの中にやさしい日本語に関するページがあり、そこからどのような言葉なのかを勉強しました。
また、文化庁から「やさしい日本語マニュアルガイドライン」が出ており、そこからやさしい日本語の使い方を学びました。
しかしながら車内放送は文字を使うことが出来ず、声だけで情報を使えなければならないため、どのような言葉で伝えると良いのか、大変悩みました。

出典:文化庁HP

―「やさしい日本語」放送はどのようにして作っていったのでしょうか。

まずは、我孫子運輸区にある「異常時放送マニュアル」(事故や災害などがあった際の放送文例を記載したマニュアル)の中にある単語を「やさ日チェッカー」というサイトを使い、一番わかりやすい判定になるように直しました。
例えば「駅の非常停止ボタン」は「電車を止めるボタン」などのように、です。

我孫子運輸区の異常時放送マニュアル

しかし、鉄道には専門的な言葉も多く、やさ日チェッカーや文化庁のガイドラインを用いた日本語は実際に伝わるのかと疑問に思いました。
そこで、当区にいた社員が現在会社の制度を使って在籍している浦佐(新潟県南魚沼市)にある国際大学に行き、そこで留学生4名を招待して、実際に作成した言葉が伝わるかどうか、聞いていただきました。

―留学生の方に放送を聞いていただいた際の結果はどうだったのでしょうか。

「急に止まって申し訳ございません」という謝罪文については概ね理解してくださいました。
電車が遅れたりすると謝罪放送を行うことから、聞きなれているということもあるようです。
しかし、簡単だと思っていた文章が難しい、ということもありました。
「電車を止めるボタン」などの受動態などは理解しにくく、「駅のSOSボタンを押した」のように言った方が伝わりやすいほか、「踏切」「線路」といった言葉はわからないとか、「具合が悪い」という言葉は「具合」が理解できないと悪い人がいるように誤認してしまう可能性があるなど、日本人が考える「やさしい日本語」と外国人が考える「やさしい日本語」では認識の差があることがわかりました。

ご協力いただいた留学生の皆さん。Ms. Bharali, Rudraxee(インド)、Ms. Lopez Moreno Calvillo, Bernardett(メキシコ)、Ms. Topuria, Lela(ジョージア)、Ms. Ngo Thi Thuy Hang(ベトナム)

―受動態と能動態など、我々では想像しにくいところで理解度の差が出たりするのですね。

国際大学での議論の後、より多くのデータを取るためにアンケートを作成し、耳で聞いた時にわかりやすいかどうか答えていただきました。
さらに、他の乗務員区にもご協力をいただきました。
田町運転区とは「やさしい日本語」に関する意見交換を行い、アンケートを田町運転区社員と知り合いの外国の方にもお答えいただきました。
アンケートの回答では、「止まっています」だけでなく、「ストップしています」といったカタカナ英語を織り交ぜた方がよりわかりやすくなる、といった意見が得られました。
様々な方にご意見を伺い、試行錯誤しながら「やさしい日本語」放送の文案が出来上がりました。

2022年8月現在、我孫子運輸区で使用している「やさしい日本語」放送文案

―実際に「やさしい日本語」放送を導入するにあたり、区内の反応はいかがだったのでしょうか。

やはり普通の放送とは表現が大きく異なるため、放送内容には少なからず違和感があります。
この違和感があるまま協力してもらうか、と言う点については躊躇がありました。
周囲からはこの放送に対して肯定的な意見が多かった一方、「車掌として表現がしにくい」などの厳しいご意見がありました。
通勤で使われているお客さまにも違和感を感じる方もいらっしゃるかもしれませんが、海外のお客さまや、日本で生活される外国の方にはより伝わりやすい放送になっていると思っています。

―現在、「やさしい日本語」放送はどのような場面で使用しているのでしょうか。

一定時間以上の運転見合わせが発生する場合に使用しています。
放送の順番は「日本語→英語→やさしい日本語」としているため、すぐに運転再開できる状況では放送できる時間が足りないためです。

―「やさしい日本語」放送は駅のポスターでも告知をしていますが、SNS上などでも大きな反響がありました。

ポスターを掲出してから早い段階で反応があり、大変驚きました。
駅のポスターはあまり見てもらえていないのではないか、という懸念がありましたが、気づいてくださる方が多いことがわかったのは一つの収穫です。
また、列車内ではイヤホンを使用されている方が多く、車掌の放送も果たして聞いてくださっているのか、と思うこともありました。
しかし、今回の反響から、放送を必要としてくださる方も多いことがわかり、モチベーションアップにも繋がりました。
我々もご期待に添えるよう、頑張っていきたいと思います。

―今後取り組んでいきたいことなどはありますでしょうか。

今後列車は自動運転にシフトしていくと言われています。
乗務員が所持している端末では多言語での放送が可能なアプリなども導入されていますが、このアプリに今後「やさしい日本語」放送も追加することが出来ればと考えています。
多くのお客さまに快適に過ごしていただけるような車内空間を作っていくことが出来ればと思います。

―最後にメッセージなどがあればお願いします。

少しでも多くのお客さまに情報をお伝えするため、私たちも日々放送について勉強しています。
放送について思うことや、改善すべき点がありましたらアドバイス等くださると、私たちも励みになります。


この「やさしい日本語」放送は前例がなく、すべての方が賛成というわけではないかもしれません。
「やさしい日本語」は新たな言語という認識で使っていきたいと思っています。
英語、中国語、韓国語では伝わらなかったとしても、「やさしい日本語」ならば伝わることもあるかもしれません。
これからもわかりやすく、多くのお客さまに伝わる情報提供ができるよう、改善を続けていきたいと思います。

―ありがとうございました!

今回のインタビューは、とある駅で「やさしい日本語」放送を行うという告知ポスターを見たことがきっかけでした。
このインタビューを通して、「やさしい日本語」放送は単に言葉を簡単にするだけでなく、一人でも多くのお客さまに伝わるにはどういった放送をすればよいか、ということに向き合い、試行錯誤を繰り返しながら作り上げていったものであると知ることが出来ました。
ぜひ皆さまも、今後とも車掌の放送に耳を傾けていただければと思います。

(掲載の内容は2022年8月現在の情報です)

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